エッセー

正しさの難しさ。

2020年10月31日

私が正しいと思った事は一度も無い。
無いというと語弊がある。当時は正しいと思った事は何度もある。だが今思えば、一度も正しい事は無かった。
そもそも生きる事が正しい事なのか、私にはわからない。ではなぜ生きるのかと問われれば、死ぬ理由が無いからだ。
今の私は、自分は正しいと思わないままに、この文章を書いている。

正しい。かっこよく言うなら正義だ。
正しさには種類がある。
1人称の正しさ。2人称の正しさ。小集団の正しさ。集団の正しさ。国家の正しさ。この世の正しさ。

・1人称の正しさ(私やあなた、あの人)。
安心してほしい。これは自由であり、間違いはない。
例え私が、人を殺したいと思っても......。
あなたが誰かを、犯したいと思っても......。
あの人が、テロを起こそうと思っても......。
それは正しく、この上ない正義である。

・2人称の正しさ(あなたと私)
これはどうだろうか。気の知れた友人なら政治的思想も語れるだろう。いや、類は友を呼んだ結果だろうか?
投資家の友人と、今の経済と今後の金の行く先は話せても、付き合いだけの人とは、金の話は盛り上がらない。
人を殺したいと言った時、その人は何を思うか?それはその人次第だ。
人によって正しさは変わる、選ばれた正義だ。

・小集団の正しさ(家庭、職場、友人達)。
バランスが重要である。踏み込み過ぎれば時に崩れて、時に親密となる。
行き過ぎれば盲目的で閉鎖的。
時には一人の王の独裁、時には和気あいあいと、風を立てない正しさ。
時には助けあう、尊重する正しさ。
バランスを取る事が正しい、手をつないだ正義だ。

・集団の正しさ(地域、会社、ネット)
多数決で決められる。時代に左右される。
注目されるのは、大抵は秀才か変人か。
ある程度は多様性で認められるが、めんどくさい事も多い。
一度レッテルを貼られれば、なかなか変える事は難しい。
小さな歯車で替えが効く、一度壊れると直すのは難しい。
多い事が正しいとは限らないが、小さな正義は潰される。

・国家の正しさ。
日本国万歳、天皇陛下万歳、万々歳。

・この世の正しさ。
人間が生きている事が正しいのかどうかもわからない。

あなたの正しさはなんだ?
それを言う必要は無い。
でも打ち明けても良い。
それは人や場所、時代であらゆる結果をもたらすだろう。

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