エッセー

“いじめ”はありません。

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それは、犯罪です。

それが私の解釈です。

私の好きな、ドイツの哲学者、フリードリヒ・ニーチェ氏の言葉を引用させていただくなら

『事実というものは存在しない。存在するのは解釈だけである』

私達が、見たり聞いたり感じたものは、すべては解釈に過ぎません。
隣にいるあなたと、同じものを見て聞いて感じても、私とあなたは、同じにはなりません。

それは、私やあなたの、価値観、これまでの人生で培った、経験 知識という名の、主観 偏見 固定観念 先入観であり、全く違う受け取り方をします。

いかなる事柄であろうと、それは変わりません。
特にインターネットにおいては、それを顕著に感じます。


本題の通り、いじめは存在しません。
それが私の解釈です。

それは、傷害であり、脅迫であり、侮辱であり、その他もろもろの犯罪であると......。

“いじめ”なんて言葉で片づけていい事ではありません。

しかしこれは、あくまでも私の解釈です。
“いじめ”“子どものけんか”“いたずら”“かまってあげた”という解釈があるもまた......然り。

あなたがいかなる解釈をしようとも、私はそれを、肯定も否定もしません。できません。
受け入れるか、無視するか、取り入れるか。
それしかできません。

しかし、もしこれらの言葉を、無意識的に使っていたのなら、今一度、考えていただきたい。
その行為が、いかなるものであったのかを。


私はこの記事で、いわゆる“言葉狩り”をしたいわけではありません。
解釈の違い、つまりは、価値観の違いが、ひとつの事象から多数の考えを生みます。
そしてそれが、さらに多くの言葉で、表現されます。
それはとても素晴らしい事です。
それはあなただけのものです。
ゆえに、親密になったり、対立したり、非難や無視、共感や称賛が起こります。

私は、この記事を通し、自身の考えを発信したかった。
例え、何を非難されようと、一人にでも、何かしらの変化を与えられたなら、それで十分です。

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